2011年10月28日金曜日

蔵王山

山を下る仙人=BRETT

オールハンズの休日は火曜日です。
キャンプ好きの仙人hermit と アメリカに帰る友達を仙台に送ることを兼ねて、3人で仙台の近くで山形の県境にある蔵王山に登りに行きました。
蔵王山は、高野山と似通って僧が修行のために登った山だそうです。気候や天気によって色を変える御池が頂上にあり、2つの神社が頂上にあります。

月曜日の夜に大船渡を出て、走っても走ってもつかないので仙台近くの神社の境内で泊まりました。仙人は慣れているみたいですけど初体験でした。
神様に守られているような不思議な気分でした。

蔵王山は紅葉真っ盛りでとてもきれいでした。ヴァージニアの景色に似ているって言ってました。でも、頂上近くになると植物はなくなってオレンジやピンク色の土壌にさらされた違う星のような景色が広がっています。
8合目まで車でいけちゃったので、下る道もあり仙人は道なき道を降りて行きました。
それでも今までの経験か本能で道にたどり着き頂上に着きました。

嵐、雨風がひどく、御池を見れないまま下りました。
がが温泉という秘湯にひどく反応していました。GAGAですからね。

仙人は、温泉後も濡れたジーンズとTシャツを着ていたのでユニクロで2年ぶりに服を買いました。

帰りに仙台で牛たんとクレープとピザを食べました。


久しぶりの町は違和感でいっぱいでした・

さんさんの会 いもにかい

さいえんさん特製のから揚げ準備

みんなでおにぎりを作ります。
 
We prepared and served a lunch for 250 people.
Basically, we set up the tent and made rice balls and serve imoni which is a popular soup with potatoes in Tohoku.
It was so nice to see the people from my last volunteer group. All hands will be end in Nov, but sansannokai is going to work in Ohunato for long time by not only distributing the food but also caring the life of elderly people in Ohunato especially the people live by themselves in the temporary housing...

I wish to help people and have a connection with Ohunato.

前にボランティアをしていたさんさんのかいのいもにかいにオールハンズのメンバーと参加しました。
お世話になった方とあえてとても良かったです。芋に250人前を振舞って、まだあまっていたので近くの仮設に配達に行きました。久しぶりに宅配をしてみさんのいい顔が見れました。

オールハンズは11月で終わるけど、さんさんの会は地域に根ざしてこれからも活動するそうなのでまた大船渡の人とつながりをもっていたいです。

2011年10月23日日曜日

ditching

みんなで野田地区の溝のかきだし

書き出した泥の山

雨の中でも作業します、きれいになりました。

オールハンズのメインの仕事のひとつは災害地域の溝の泥のかきだしです。
今まで被害のひどかったところで14kmにも渡る溝の泥をかき出してきたこともあります。

One of the main job of all hands is ditching in tsunami washed area. They ditched 14km long so far!
やってみるまでどんな仕事なのかまったくわかりませんでした。
I had no idea what kind of job is ditching until I actually did it.

道路や全壊した建物の撤去作業は機械で進んでいます。でも、道路と土地の間の溝はガレキでびっしりと埋まっていて、しかももう災害から7ヶ月たっているので踏み固められているので金属の棒や斧で崩していきしゃべるで埋まった土を掘り出していかなければなりません。
溝の泥かきをすることによって人々の生活排水を流れるようにしています。
ほんとに筋肉痛になりますけどみんなで汗を流すのは気持ちいいことです。
溝かきは縁の下のちからもちだなと思います。

The rubble has been cleared up from the road and the broken building has been taken away with the machines. But the ditches are too narrow for the machines to enter and still full of firm rubble and it is so hard to remove after 7months.
Ditching helps drainage to flow for the people live in Ohunato.
It is so hard to work for such a manual labor, and my body gets muscular pain, but at the same time it is so great to sweat with all other people.

ditcvhing is ennositanochikaramochi which means the person who does a thankless task.

ほうじょうさんの家の庭の手入れ

スミスィーと北条さん。

庭が津波で傾いているので、土を入れたりして庭を手入れします。

宿泊施設からの夕焼け

オールハンズは、アメリカの団体で災害地域に入っていき地元の人を助けている団体です。
日本では大船渡に拠点を置いて、災害直後から11月12日まで活動予定です。
活動内容としては、津波で被害にったいえの泥かき、家の修復、仮設住宅への物資の配達、陸前高田で災害地域から見つかった写真の洗浄、溝にたまったガレキの撤去などです。

All hands is a group which has been helping in disaster area all around the world. They set up the base at ohunato since right after Tsunami hit Japan and
they are going to work till Nov 12th.
They have been working for gutting the house which got the damage from tsunami, repairing houses, distributing the things to the temporary houses, cleaning the photos that have found in the mud in rikuzentakata and ditching etc...
毎日っグループに分かれて各地域に配属されます。
We have been working in small group everyday.

今日はおばあさんの家に庭の手入れに行きました。
この方が貸していた家の女性は家ごと流されて碁石という10kmくらい離れた場所で見つかったそうです。
おばあさんの家は、津波で1回は全部浸水してしまいましたが、いえを改装してながれてしまったつちを積み上げて平らにしました。また土が流れ出さないように板を張りました。


We went to maintain the Garden in one of the house in Ohunato. Her house was not destroyed, but the 1st floor was all fulfilled with water so she fixed her house afterward.
But the house which she had rent was totally destroyed and the person who lived that house was found in the area called Goishi which is about 10km away.

2011年10月22日土曜日

福島→宮城→岩手

一週間にゃんだがーどにお世話になりました。
毎日朝晩散歩して、田村ののどかな自然や地元の人と触れ合えてよかったです。散歩しているとみんな声をかけてくれてかぼちゃをもらったりしました。ボランティアの方も全国各地からで、みんなびっくりするくらいの動物好きでかわいがってあげていました。

9月15日に福島を出て宮城の仙台に行きました。初めて町を見たときは東京かと思うくらい都会でした。安宿がいっぱいでしたが梅鉢というゲストハウスの方のご好意で宿の外のテントにとまらせてもらえることになりました!ここはいろんなボランティアの人が活動の拠点に宿泊していくっておっしゃっていました。特別に刺身定食も作ってくださるとっても素敵なご夫妻でした。

宿主さんのお勧めで塩釜にある市場にいきました。ちょうど戻り鰹の時期でたくさんのかつおを売っていました。
あと、ここはめばちマグロの有名な土地でなまのめばちマグロを食べることが出来ました。旬だし冷凍じゃないし、本当においしかったです。

かいがんせんをとおって、友達と待ち合わせた石巻に行きました。おらほのふっこういちというイベントがあって、石巻の復興を願って地元の方方とボランティアが作り上げた祭りだそうです。
竹とんぼや移動図書館、足湯のブースや地元の屋台がたくさんあってとってもにぎやかでした。
その場所は4000人が住んでいるという最大の仮設住宅の隣にありました。こんなにたくさんの仮設団地が集合しているところは見たことがなかったのでびっくりしました。
大きいがために、自分の本当の家から離れて暮らさなければいけない人もたくさんいて近所づきあいなどが出来ないという問題もあるそうです。

そして、そして、なんとまつりに日の出国のお祭り男がきました。

なおといんてぃらいみ!
ナオトインティライミ!

やー、ほんとにミーハーですいません。地元のおばちゃんや演歌のカラオケ大会の雰囲気だったのですが、小さなステージで歌ってくれました。
震災からずっと被災地の学校でライブをしたり力仕事を手伝っているそうです。
さすがアーティスト、プロです。一気に会場を盛り上げてくれてみんなをひとつにしてくれました。

祭りのあとに友達と石巻の被害を見に行きました。
どこの町もそうですが、本当に悲惨です。
自分の目で見ないとわからないです。観光地だった商店街はゴーストタウンのようで地元の人だけでなく、観光客も被害にあったそうです。
半島に住んでいる人は、被害があってもなお自分の土地に住むことを主張しているそうです。

石巻を夕方に出て、南三陸町、気仙沼、など海岸線の被災地を回りながら、一ヶ月ぶりに大船渡に着きました。
今回はさんさんの会が休止中なので、all handsというアメリカの団体でボランティアすることになりました。

にゃんだがーど

福島では、にゃんだガードというボランティア団体にお世話になりました。

原発20km圏内にいる犬や猫たちを救出して、その心と体の傷を癒して飼い主さんのもとに返したり、新しい里親さんを探したりしています。
犬たちは、1匹ずつ自分のスペースがあって家と毛布がしかれています。
一日の流れは、朝にゃんだがーどの事務所の周りをボランティアが交代で散歩に連れて行きます。
数によっては2週、三週しないといけないです!犬たちがみんな散歩に行けるように。
帰ってから、犬1頭1頭にあったえさと水をあげて、猫の部屋の世話をします。
猫は猫部屋というプレハブ小屋6部屋に分かれていてその中に1匹ずすケージがあって子猫は一緒に、大きい猫は1匹ずつ飼われています。
餌と便のチェックをして、仕事が終わったらボランティアのご飯の番です。


20km圏内に取り残された動物はまだまだいるそうです。
飼い主を待ったまま、鎖もつながれていないのに家の前で餓死している動物もたくさんいるそうです。
20km圏内は地震の被害があったにもかかわらず手付かずのままなので道路が起伏していたり、いろんなものが破壊されていても植物やつたが生い茂っている不思議な場所だと聞きました。
仕事が終わったら、自由時間なので動物たちと遊んであげたり、話しかけたりしてスキンシップを大事にします。
ここの動物は幸せそうな顔をしているな、とほかの団体の人が言っていました。救出されても、人手が足りず劣悪な環境で管理されている動物もいるそうです。

7ヶ月たってようやく保護された動物たち。いったいどんな苦労をして、何を見てきて生き延びたんだろうと思います。最初につれてこられたときはおびえていたり、凶暴であったりするそうです。

動物たちも災害の被害者だと思いました。にゃんだがーどでは、里親さんを探し中なので、もしペットを買おうと考えてたら、どうかにゃんだがーどのペットを飼ってやってください。

みんなそれぞれ性格が違って、面白いし、かわいいです。

にゃんだがーどの仲間たち

2011年10月13日木曜日

群馬→栃木→福島。

尾瀬3日目、朝焼け写真のおじさんが、4時40分ごろおいでと言っていましたが、見えそうになかったので寝過ごしました。
湖の前で朝ご飯を食べて、食料全部食べ終わりました!

2時間くらいずっと尾瀬が原の景色を見ながら歩きました。
左右前後どこをみても紅葉していて、ほんと贅沢な景色です。
しかも道は平坦で、木道がずっと敷いてあるので、
今までの2日間と比べものにならないくらいらくちんでした。

鳩待峠に9時頃ついて、バスで戸倉まで帰りました。
大清水の車に乗り換えて、日光に行きました。
途中のドライブでびっくりするようなきれいな景色があったので、引き返して写真に取りました。

友達と日光で別れて、福島の田村というとこにきました。下道で5時間かかりました。


久しぶりに布団で寝られて幸せでした。

燧岳登山。

翌日は、尾瀬沼を通って燧岳に登りました。
朝日に照らされた尾瀬沼は金色できらきらしていてとてもきれいでした。

2時間半かけて山頂にたどり着きました。
柿ピーとカップラーメンでお昼ご飯です。
山頂あたりになると、逆方向からきたひととすれ違って、込み合いました。
でも、山ではお互い譲り合って、挨拶しながら通り過ぎるのでとてもさわやかだなと思いました。

へとへとになって3時半頃山を下ると、尾瀬ヶ原が広がっています。その日はもう移動をあきらめて、キャンプを張ることにしました。
荷物を置いて身軽で尾瀬ヶ原を散策するのは気持ちよかったです。
友達とずっと歌を歌ってました。

夜ご飯は、うどんカルボナーラと鯖の味噌カンです。
晩酌しようと山小屋でビール買ってよく考えると下山後のバス代が足りないので、恥ずかしながら返品しました。
キャンプのお隣さんが日本酒を分けてくれました。
その夜、柿ピーを食べ終わってしまいました。

2011年10月11日火曜日

大清水から尾瀬沼へ!

尾瀬は東京電力の管理下です。
でも、原発問題で財政難で、尾瀬の管理とか台風の修復とか手薄だというウワサ。

大清水から2時間ちょいかかって、尾瀬沼まできました。途中の山道は、結構きつかったですが、清流と紅葉が真っ盛りでほんとに美しかったです。

尾瀬沼からは平坦な道をキャンプ場に向かって1時間ほど歩き尾瀬沼ヒュッテにつきました。

夕暮れ時になって、たどり着いたら

キャンプ場はいっぱいです。

と言われちゃいました。
がああーーーん
あとまた2時間歩かないと次のキャンプ場はありません。

ここはテンとごとにデッキが敷いてあってひとてんとにつき畳1枚みたいな感じなので、数が埋まればもう受け入れられないみたいです。

結局困っていたらおじさんが、端っこで良かったらたててもいいよと言うことで、救われました!

おでんと、汁で豚肉を茹でて、残りの汁でうどんを茹でました。おなかすいてたから本当にごちそうでした

もう7時から8時にはキャンプ場は静まり返ります。

金沢→尾瀬

金沢をでて、高速を通って尾瀬に行きました。

なんたって、のと有料しか通ったことないですもの!
初高速で長旅です。
etcの機械は取り付けて、はまやんに助けてもらって、やっとetc車仲間いりです。

結果、迷いました。スマホのナビを使いこなせなかったのと、
予習不足で、上越までいくつもりが、新潟方面に行き過ぎちゃいました!
その後も佐久穂方面の友達の家もたどり着かず、結局Icで仮眠を取りました。

次の日自分が持ってる地図と照らし合わせて間違いにきずいて、安曇野辺りのicで下りて上田まで下道で行きました。

もう散々だったので疑い疑い群馬の尾瀬戸倉に12時ごろつきました!
前の晩10時から約14時間のドライブです!

東京からの友達にもあえていざ、尾瀬に登ります。

大清水で車を止めて、のんびりてんぷらうどんと天ぷら盛り合わせを食べました。

アケビやウドの花など珍しい物をあげてもらいました。あかたけというきのこが、びっくりするくらい不味くて、でもおじさんが人が良すぎるのでお茶で流しました。
普通にナスが天ぷらは美味いっす。

金沢のアパートを引き払いました。常に身軽でいたいので物は買わない主義ですが、なかなかかたづかなくて、家具などを片づけると寂しかったです。
いろいろ不便な所はある部屋でしたが、部屋からの犀川の風景は四季おりおりで、何年たってもいつもこんな最高な場所はないって、大変気に入っておりました。

ありがとう、さよなら。

2011年10月5日水曜日

金沢ラン。

金沢に帰ってきました。やっぱり最高です。

ハーフマラソンに出るって決めちゃったんで、金沢の街を散歩します。走らなきゃいけないんだけど、一人だといつの間にか歩いてしまっています。

自分ちから、犀川を下って武家屋敷→尾山神社?だったっけ→近江町市場→主計町→東茶屋街→金沢城→兼六園→21世紀美術館 と回れます。 
これだけ行っても、たぶん10kmもいってないんじゃないかと思います。

で、張り切って朝早起きして運動してたらすごく土ふまずが痛くなってしまって、どんなトレーニングをどのくらいのペースでしたらいいか勉強中です。

ちゃんと、完走できるといいのだけれど。

2011年10月3日月曜日

ヤマイ佐藤商店

佐藤さんは鵜の浜海岸の近くの伝統ある酒屋さんです。こだわりの新潟のお酒とお米を売ってらっしゃいます。
たまたま朝散歩しているときに、お店に立ち寄って趣味の写真を見せてもらったりこだわりの酒蔵さんの話を聞かせてもらい、足が痛かったので車でキャンプ場まで送ってもらいました。
海岸の近くでお祭りがあったときには、ラムネや新米のお米や甘酒までいただいちゃいました。
お勧めの地元の食事亭を聞くとやまいさんがお米を卸しているお店を教えてくれるだけじゃなくて事前に15人分の予約までしてくれていました!
お礼にお店を訪ねると伝統の蔵や貯蔵庫をみせてくれました。
本当にパワフルで、面白いお方です!上越に行ったときにはぜひ日本屈指の酒どころのお酒とお米を味わいたいもんです~。

佐渡島付近の幸を食らうっっ

次の日はみんなで市場に行きました。
やっぱり私も魚大好きです!
アンコウが出ていたり、もう鱈もいたし、北陸といえば!の、アラ、のど黒、なめらを見れて流石日本海と思いました。夢中になっていたら、あれよあれよという間にみんないなくなり、テンションあがってしまった自分は独断と偏見で、旬の真サバを箱買い、サンマと烏賊となんとガンド(はまち)を1本買いしてしましました~~。

サバはおかしらつきで水洗い、ガンドは丸ごと刺身!烏賊は中を抜いてもらって夕方取りに来ると話をつけました。

串焼き屋さんの串を洗っていざ炭火焼です。
皆喜んでくれました。
日本在住8年のべんさんは、刺身は嫌いだが日本海のガンドはとけるようでおいしいと言っていただきました。日本海の魚のうまさをみんなわかってくれてよかった!!私も大好きですし。
でも、やっぱ秋の秋刀魚は最高ですね!

鵜の浜温泉でキャンプです。

次の日は、さらに長野じゅうの先生が集まって新潟の上越にキャンプに行きました。
九月も下旬なのに泳ぎたいから海に行くんだって!

ほんとに3日間みんなの自由さにびっくりの連続でした。あなたが言えるたちじゃない!って突っ込まれそうですけど、ホントに彼らの自由さはケタ違いですから。

最初の買い出し、世界中の食材が売ってある食料品店で自分の飲み物、食べ物を買います。昼から飲みたい人はのみます。冷蔵庫はありません。

昼ごはんはあいてるレストランで適当に、2軒位に分かれて食べたい方で食べます。待ち合わせもしません。早く終わった方はラグビーやサッカーして待ってます。

夜ごはんはBBQです。買い出しと火おこしと温泉とやりたいことによってチームに分かれます。でも、がす台やら、ピクニックセットやら炭やらなぜか誰かが持っています。

雨でした


けど、土砂降りの中でテントで寝ました。でも、みんな寝袋を貸してくれたり、端っこは寒いからと真中で寝かしてくれたり、しく布団を分けてくれたりホントに優しくしてもらいました。キャンプなんてやったことなかったけど、みんなで川の字で寝られるのがうれしくて喜んでいると「何がおかしいの?」っていわれました。皆は普段フツーにこうやってキャンプしているからありがたみがわからないみたいです。

起床時間も自由です。早起きして日の出を見に行きました。

東京→長野

みんなで食べに行きました。
季節の野菜たっぷりな素朴な田舎懐石です。
お店は150年の伝統家屋です。



東京の新宿からバスに乗って長野の佐久というところに行きました。
自分がニュージーランドに暮らしてた時の友達が、英語の先生をしてます。
 
外国人は日本は最先端でモダンな国だと思ってるそうですけど長野に赴任してくる人は、その印象は勘違いだったとだんだん気づいていくそうです…。
果てしなく広がる田園風景とコスモス畑、のどかです。ほんと都会以外の日本ってそんな風景がどこでも広がっていますね~。

外国人教師同士はネットワークが張り巡らされていて、みんな長野中の先生方は知り合いだそうです!いなかな土地柄か、みんな素朴な感じでお互い兄弟みたいだと言ってました。

夜は長野の地物の野菜などを使った懐石を食べに行きました。少量でも色鮮やかで季節の物をあしらった和食をみんな喜んで食べてました。 やっぱり外人は、肉食が好きなんだという印象がある自分としてはなんだか嬉しかったです。地元の中学校の生徒の家の店なのでその子も配膳を手伝ってくれました。

東京の自然は

奥多摩のもりで。
吉祥寺のお祭り


東京に戻れたのはよいのですが、夜中1時に羽田着のフライトだったので空港で1晩明かしました…。
東京はやっぱりせわしくて忙しい場所です。でも、ちょっと困ったことがあればすぐに買い物に行けたり交通も(乗りこなせれば)便利なもんです。自分はまだまだ乗りこなせていませんけど…。

吉祥寺は公園とかカフェもあって、人々がくつろいでいます。やっぱり都会の人たちも自然にいやされたいのかなと思います。

奥多摩の東京でから人里離れた場所でも、あの森の中にある銭湯の駐車場で渋滞しているのにはたまげました!

さすが東京です。

Come back to Sapporo

After long ride of the bus, I came back to sapporo where is the origin of my Hokkaido Journey.
Honma-san who is an owner of Shirokuma shokudo took me to the park and dinner! He was unbelievably kind and has such a warm heart. There is the park I wanted to visit for so long time...Moerenuma koen!
It was designed by Isamu Noguchi who is called the man who sculpt the earth.



My favourite quate of him is that inperfection is better than perfect. How encouraging word is that for me…
The park was so huge, it was almost the sunset time and the tiphoon was coming up from South that day. Those condition made such a beautiful sunset…it was hard to describe in word….

Luckly my flight was not cancelled at night, I was seen off by 2 big smiles and left Hokkaido!